子供の頃、団地に住んでいたことがあります。最近の事情はよくわかりませんが、当時、団地ではジュウシマツやセキセイインコなどを飼っている家が多かった。犬や猫が飼えない分、小鳥を飼っている人が多かったということなのでしょうか。
しかし、エサをあげたり掃除の際に誤って鳥が逃げてしまうことがある。だから団地ではたまに、どこからかインコなどが飛んでいるのを見掛けることがありました。
いかんせんインコは目立ちます。だってライムチャートカラーとか水色ですからね。私をはじめ、子供たちがそれを発見するとそりゃあもう大喜びでインコの捕獲に走り回った。確かに鳥を捕まえるのは容易ではありません。飛ぶし、高いところに止まってしまったら手も足も出ない。でも、見失ってしまわない限り、インコは必ず捕まえられる。必要なものはただ1つ「根気」でした。
何せ、ずっと鳥籠の中で飼われていたインコです。長距離を飛んで行くことが出来ない。ある程度飛んだら必ずどこかに止まる。それを無理に捕まえようとするとまた飛んで行ってしまうのですが、それをまた追いかけていけばいい。そうすればまた疲れて止まる。それを繰り返していくとインコの疲れが溜まり、徐々に飛行距離が短くなっていく。止まる回数が増える。そしてしまいには疲れ果てて捕まえることが出来るのです。
もっとも、団地の中だからこそ出来たことです。住宅地の中を飛ばれたら、おそらくすぐに見失ってしまうことでしょう。
そうやって自分は何尾ものセキセイインコを捕まえた。子供の頃の私は、虫でも魚でもザリガニでも、とにかく何でも捕まえてきては家に持ち帰ってくる困った子供でした。おかげで当時は色々な生き物を飼っていました。何度かインコを捕まえてきた時も、親はきっと困惑したことでしょう。
団地内を飛んでいたのだから、きっと同じ団地内に飼い主がいると思うのですが、中には飼い主が見付からない時がある(というか、子供心としてはそれを願っていた)。そうすると、結局は自分の家で飼うことになった。1羽だけでは可哀想なので、親がペットショップでもう1羽を飼ってきてくれたりもしました。結果、卵を産んでヒナを孵したこともあります。そうこうしているちに、セキセイインコを3羽、ジュウシマツも何羽か飼うことになっていました。
その中でも自分が一番可愛がっていたのはやはり自分で捕まえたセキセイインコでした。ペットショップでお金を出せばインコは買える。でもそうじゃない、偶然に発見してそれを自分が捕まえた、というところに運命を感じていました。
でもきっと魚もそうなんですよね。広大な水域の中で、偶然にも自分の投げたルアーに喰いついた。運命的な出会い以外の何物でもない。最近は昔のようにバスがバンバン釣れる時代ではなくなった。その代わり、1尾1尾との出会いが貴重になってきました。記憶に残るバスとの出会いは、今の方がより強く感じられるようになってきたようにも思えます。バスを大事にしたいという想いは、以前よりもさらに強くなった。
これからも、運命を感じるような記憶に残るバスとの出会いがありますように。
しかし、エサをあげたり掃除の際に誤って鳥が逃げてしまうことがある。だから団地ではたまに、どこからかインコなどが飛んでいるのを見掛けることがありました。
いかんせんインコは目立ちます。だってライムチャートカラーとか水色ですからね。私をはじめ、子供たちがそれを発見するとそりゃあもう大喜びでインコの捕獲に走り回った。確かに鳥を捕まえるのは容易ではありません。飛ぶし、高いところに止まってしまったら手も足も出ない。でも、見失ってしまわない限り、インコは必ず捕まえられる。必要なものはただ1つ「根気」でした。
何せ、ずっと鳥籠の中で飼われていたインコです。長距離を飛んで行くことが出来ない。ある程度飛んだら必ずどこかに止まる。それを無理に捕まえようとするとまた飛んで行ってしまうのですが、それをまた追いかけていけばいい。そうすればまた疲れて止まる。それを繰り返していくとインコの疲れが溜まり、徐々に飛行距離が短くなっていく。止まる回数が増える。そしてしまいには疲れ果てて捕まえることが出来るのです。
もっとも、団地の中だからこそ出来たことです。住宅地の中を飛ばれたら、おそらくすぐに見失ってしまうことでしょう。
そうやって自分は何尾ものセキセイインコを捕まえた。子供の頃の私は、虫でも魚でもザリガニでも、とにかく何でも捕まえてきては家に持ち帰ってくる困った子供でした。おかげで当時は色々な生き物を飼っていました。何度かインコを捕まえてきた時も、親はきっと困惑したことでしょう。
団地内を飛んでいたのだから、きっと同じ団地内に飼い主がいると思うのですが、中には飼い主が見付からない時がある(というか、子供心としてはそれを願っていた)。そうすると、結局は自分の家で飼うことになった。1羽だけでは可哀想なので、親がペットショップでもう1羽を飼ってきてくれたりもしました。結果、卵を産んでヒナを孵したこともあります。そうこうしているちに、セキセイインコを3羽、ジュウシマツも何羽か飼うことになっていました。
その中でも自分が一番可愛がっていたのはやはり自分で捕まえたセキセイインコでした。ペットショップでお金を出せばインコは買える。でもそうじゃない、偶然に発見してそれを自分が捕まえた、というところに運命を感じていました。
でもきっと魚もそうなんですよね。広大な水域の中で、偶然にも自分の投げたルアーに喰いついた。運命的な出会い以外の何物でもない。最近は昔のようにバスがバンバン釣れる時代ではなくなった。その代わり、1尾1尾との出会いが貴重になってきました。記憶に残るバスとの出会いは、今の方がより強く感じられるようになってきたようにも思えます。バスを大事にしたいという想いは、以前よりもさらに強くなった。
これからも、運命を感じるような記憶に残るバスとの出会いがありますように。
